施設の紹介

共栄社

大正期・昭和期にかけて、繊維工業が家内工業から工場組織へと機械化が進み近代的な様相を呈し発展。特に第一次世界大戦(大正3年~7年)を景気として急速に発展し、一般営業製糸と並んで産業組合製糸が設立し始め、大正7年神戸八郎氏により筑摩地村(現北小野)に共栄社が設立された。

神戸八郎氏は生糸販売連合に名を連ねるなど精力的に活動したが、国内の需要も減り、昭和18年8月には組合総会の議を経て解散。

敷地、跡地は、日本工学工業(株)が買収したが、終戦後直ちに閉鎖となり、その後、塩尻市立塩尻中学校新築の間の仮の校舎に使われ、中学校の移転が完了となると取り壊された。

名称
共栄社(塩尻工場、筑摩地村(現北小野))
住所
塩尻市大門六番町3-4付近
(現:郵便局、労働金庫、塩尻病院付近)
連絡先
現在建物はなし。
地図